ジョジョは奇妙な冒険

ジョジョの奇妙な冒険に関する色々なネタを扱います

ホルホースとボインゴ:カイロ空港・ギザ

ホルホースとボインゴが手を組み、再びジョジョたちに戦いを挑んできます。ホルホースはボインゴを無理やり連れて、アスワンからカイロ国際空港に着きました。そしてタクシーに乗り、ホルホースは「ギザのホテル メナハウスへ」といいました。

その頃ジョジョたちは、まだ写真の建物を探している最中でした。そこへホルホースとボインゴが攻撃をしかけていき、コミカルな戦いが繰り広げられたわけです。


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カイロ国際空港は、エジプトの首都であるカイロにある国際空港で、カイロ市街地中心部から北東15kmにある。ヨハネスブルグ国際空港に次いでアフリカで二番目に乗降客の多い空港。

ターミナルビルは現在2カ所。従来からあったことから改修後も「旧空港」と呼ばれるターミナル1は現在、エジプト航空とエル・アル航空が使用。その他の航空会社は1986年に完成したターミナル2である。ターミナル3の完成が2007年に予定されています。1991年の湾岸戦争開戦まで、日本航空が南回り欧州線の経由地として就航。開戦によって運休後、1998年再開を予定していたが、ルクソール事件により再開が延期になり、現在に至る。

カイロ国際空港(Cairo International airport)
Cairo skyline


ギザ(ギーザ)は、ナイル川中流の西岸に位置するエジプトの都市。エジプトの首都カイロからナイル川を挟んでおよそ20km西南にあり、現在では拡大したカイロの都市圏に内包されているが、行政上はカイロから独立したギーザ県の県都。

古代エジプト以来の町であり、クフ王のピラミッドをはじめとするギザの三大ピラミッドと、ギザの大スフィンクスがある遺跡の町として世界的に有名。その一帯からダハシュールにかけてのピラミッド地帯は、メンフィスとその墓地遺跡として1979年に世界文化遺産として登録されました。

ギザ(Giza)
ギザ

オシリス神:カイロ

バステト女神のマライアやセト神のアレッシーを倒した後、ジョジョたちはいよいよルクソールから列車でカイロへ行きました。カイロには着いたもののディオの居場所は分かっていないので、カイロ内でまだ刺客となるスタンド使いとたたかうことになります。

劇中の荒木先生の言葉を引用します。
「朝は4本足、昼は2本足、夕方は3本足、それはなんだ?」ピラミッドを守り続けるスフィンクスは旅人にそう質問した。「答えは人間・・・。答えができない人間はスフィンクスに食い殺されたと伝説にいう」。ジョセフ・ジョースターたちは日本からはるか3万キロ、ついにカイロに到着した・・・。しかしDIOというピラミッドに着く前には、あと数人のスフィンクスが立ちはだかっているのだ。
まずはオシリス神のスタンドを持つダービーとギャンブルで勝負になりました。戦闘ではありませんが、承太郎の見せ場です。


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カイロはエジプトの首都で、ナイル川河畔の交通の要衝として中世に建設されてより現在にいたるまで長い時代を通じてイスラム世界における学術、文化、経済の中心都市でありつづけた中東屈指の大都市です。カイロ首都圏の人口は1525万人(2004年)で、アフリカ大陸や中東地域にて最大の人口となります。

カイロの中心市街はナイル川の右岸、東側。ナイルをはさんで対岸の西郊には、ピラミッドで有名なギーザの町があります。町の南は古代エジプトの中心都市のひとつであるメンフィスです。

エジプトの乾燥した大地にナイル川が形作った肥沃なデルタ地帯のほぼ中央、要の位置にあたり、イスラム帝国が7世紀にエジプトを征服したとき、征服者アラブ人の住まう軍営都市(ミスル)が置かれて以来のエジプトの首府だそうです。

1979年に国際連合教育科学文化機関|ユネスコの世界遺産に登録されました。
登録名は「イスラーム都市カイロ」でしたが、2007年に「カイロ歴史地区」に名称変更。

カイロ(Cairo)
Cairo skyline

スフィンクスとピラミッド
スフィンクスとピラミッド

破壊と嵐のセト神・アレッシー

ルクソールにて、バステト女神のスタンドを使うマライアをジョセフとアヴドゥルが戦闘している頃、承太郎とポルナレフには破壊と嵐のセト神のスタンドを持つアレッシーが仕掛けてきていました。承太郎は最後の良い所取りで、ほとんどポルナレフが一人で戦っていましたね。

アレッシーは根性が悪く、それを反映したスタンド能力でしたが、ポルナレフは昔からスタンドが使えたので小さく力が弱いチャリオッツも駆使して、偶然出会い戦闘に巻き込んでしまった女性も助けながらの戦闘でした。

ルクソール


ルクソールはカイロから南に約600キロの位置にあり、カイロやアスワンから列車やバスで行ける。「ルクソール」という名前は、アラビア語で「城塞」の意味がある「エル・ウクスール」からきているそうです。

【観光地】
「ナイル川西岸」
・王家の谷(Valley of the Kings)
・王妃の谷(Valley of the Queens)
・メディネト・ハブ(ラムセス3世葬祭殿)
・ラムセウム(ラムセス2世葬祭殿)
・デイル・エル・メディーナ
・貴族の墓(Tombs of Nobles)
・ハトシェプスト女王葬祭殿
・メムノンの巨像

「ナイル川東岸」
・ルクソール神殿
・カルナック神殿
・ルクソール博物館
・ミイラ博物館

ルクソール神殿
ルクソール神殿

ルクソール市街と馬車
ルクソール市街と馬車

バステト女神:死者の都(ネクロポリス)

アヌビス神を倒したジョジョたちはルクソールへ行きました。ルクソールは、古代エジプトの都テーベがあった場所でナイル川によって東西に分かれています。東岸は生者の都テーベ、西岸は死者の都ネクロポリスと呼ばれています。

そこで出会った敵はバステト女神のマライア。単純な磁力を操るスタンドでしたが、なかなか強力でジョセフ・ジョースターだけではやばかったですね。アヴドゥルの協力を得て、倒しました。


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ネクロポリス(死者の都)は、巨大な墓地または埋葬場所です。大都市近郊の現代の共同墓地の他に、古代文明の中心地の近くにあった墓所、しばしば人の住まなくなった都市や町を指します。

ルクソールには多くの遺跡があり、古代都市テーベとその墓地遺跡 として世界文化遺産に登録されています。日が昇る方角であるナイル川の東岸にはカルナック神殿などの生を象徴する建物があり、日が沈む方向のナイル川西岸には死を象徴する王家の谷(ツタンカーメン王の墓がある)などがあります。

漫画の中から荒木先生の言葉を引用させてもらいます。
陽の沈む方角は「死者の都(ネクロポリス)」。かつてファラオ(王様の意)たちは墓泥棒たちからの盗掘を防ぐためにナイル川中流の奥深い険しい谷に死後の安住の地を求めた。これが王家の谷である。しかし、それでも何十とある王墓はことごとく盗掘にあった。そして、たったひとつ盗掘をまぬがれて近代まで残ったのが有名なツタンカーメン王の墓であるのだ。
ルクソール 王家の谷
王家の谷

メムノンの巨像
メムノンの巨像

ツタンカーメン王の墓
ツタンカーメンの墓

アヌビス神:コム・オンボ、エドフ

オインゴ、ボインゴを敵だと気づきもせずに倒したジョジョたちは、アスワンからコム・オンボへ行き、ポルナレフはアヌビス神の剣を持った男チャカと戦いました。その戦いに勝利した後にエドフへ向かい、今度はトコ屋の男がアヌビス神に操られて戦い、最後にはポルナレフが操られ、スタープラチナvsチャリオッツ&アヌビスとなりましたね。


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コム・オンボ(Kom Ombo)は、農業が盛んなエジプトの町。ナイル川沿いにアスワンから北50kmに位置する。町の名は、古代ギリシア人が”オンボス”と呼んだことに由来。現在は、サトウキビやトウモロコシの生産が盛んである。ワニの頭のセベク神と隼の頭のハロエリス神(ホルス神の地域名)に捧げられた、珍しい二重構造をもつコムオンボ神殿がある。

エドフ(Edfu)は、ルクソールとアスワンの中間に位置する、ナイル川西岸のエジプトの町。エドフには、隼の形をしたホルス神に捧げられた神殿、エドフ神殿(別名、ホルス神殿)がある。この神殿は、紀元前237年から紀元前57年の間に建設され、現在、エジプト内でも最も保存状態がよいものである。

エドフへ入った時の荒木先生のエジプト人についての解説も見てみます。漫画内ではイラスト付で紹介されています。
旅行者には、みんな同じにみえるがエジプトには、いろんな民族が住んでいる。

すぐ「バクシーシ(お恵み)!」といって人のポケットに手をつっこんでくる不気味な少年。
まっ黒のチャドルを着た女性は写真をいやがる(テレではない)。
フツーのエジプト人。この衣装はカラベーヤという。この人はブタは食べない。
砂漠の民ベドゥウィン風の人。布かぶりはシマ模様になっているのが特徴。カッコイイけど無言の圧力があってこわい。
ヌビア人。アスワンから上流地域、古代から住んでいるアフリカ人。
この人は関係ないインドのシーク教徒。
コム・オンボ(Kom Ombo)神殿
コム・オンボ神殿

エドフ(Edfu)神殿
エドフ神殿

クヌム神とトト神:ヌビア地方

オインゴ・ボインゴが登場する回です。書物の神「トト神」のスタンドを持つボインゴと、創造の神「クヌム神」のスタンドを持つオインゴの兄弟の活躍(?)するのはエジプトのヌビア地方という所でした。
北回帰線(北緯23度27分)が通過するところ―このナイル川流域を「ヌビア地方」と呼ぶ。かつて、古代エジプト人は、この地の花崗岩の石材から数々の神殿や彫像や記念碑を造っていた―そして現在エジプト人は、この地に貯水量世界第2位のアスワン・ハイダムを1971年に完成させているのである

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エジプト南部のヌビア地方の都市であるアスワン。市内にはアガサ・クリスティが「ナイルに死す」を執筆し、その舞台となったことで知られる名門ホテル「オールド・カタラクト」があります。また世界文化遺産に登録されているフィラエ神殿もあります。

エジプトの国家の一大事業であったアスワン・ハイ・ダムは、アスワン地区のナイル川に作られたダムです。アスワンダムは2つあるが、現在ではアスワンダムと言うとアスワン・ハイ・ダムを指すことが多いようです。建設目的はナイル川の氾濫防止と灌漑用水の確保。高さ111m、全長3600mもあります。古いアスワンダムは、アスワン・ロウ・ダムとも呼ばれます。

エジプト南部からスーダン北部にある、アスワン・ハイ・ダムによってつくられた人造湖をナセル湖といいます。巨大な貯水池であるナセル湖の名はガマール・アブドゥン=ナーセル大統領の名からきているそうです。アスワン・ハイ・ダムの完成により頻繁に起こっていたナイル川の氾濫を防止するとともに、水力発電により電力を供給しています。

アシュワン・ハイダムから北を見た写真
アシュワン・ハイダム(北)

アシュワン・ハイダム
アシュワン・ハイ・ダム

アシュワン・ハイダムのモニュメント
アシュワン・ハイダムのモニュメント

ナセル湖(Lake Nasser)
ナセル湖

愚者とゲブ神:エジプト

「愚者(ザ・フール)」のイギーと「ゲブ神」のンドゥールの場面になって、やっとエジプトに入ったジョジョたち。イギーの登場、そしてザ・フールの力が見られます。それでは、まず荒木先生が本書の中でエジプトについて解説している部分を見てみます。
その国土の97%は砂漠地帯であり、降雨量は世界で最も少ない地域のひとつである。しかし砂漠の中にありながら、ナイル河の恵みにより食べ物は満ち、河岸には美しく緑輝く肥沃地帯がつづく?かつての古代エジプト文明にペルシア、ギリシア、ローマ、イスラム、アラブという多様な文明が入りこんだ混淆の国。この5000年の時の流れをもつ悠久の地でジョセフ、承太郎、ポルナレフ、花京院、アヴドゥルはいったい、どんなたびを続けるのであろうか…

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エジプトは正式にはエジプト・アラブ共和国といいます。西にリビア、南にスーダン、北東にイスラエルがあり、北に地中海、東は紅海に面している中東・アフリカの国です。首都はカイロ。

南北に流れるナイル川の河谷とデルタ地帯のほかは大部分が砂漠で、ナイル川のデルタに支えられて世界四大文明の一つである古代エジプト文明を発展させてきた歴史があります。ナイル河口の東には紅海と地中海を結ぶスエズ運河があります。

現在ではアラビア語が公用語となり、本来のエジプト語を話せる人はかなり少なくなっているとのことです。また宗教はイスラム教スンナ派がほとんどのようです。

エジプトはカードゲームの発祥の地としても知られています。

エジプト
エジプト

ナイル川
ナイル川

女教皇(ハイプリエステス):紅海

アヴドゥルが調達してきた潜水艦にて、いよいよ紅海を北上しエジプトを目指すことになったジョジョたち。女教皇(ハイプリエステス)は様々なものに化けて、結局潜水艦を駄目にしてしまったスタンド。カミソリに化けて承太郎にもいっぱいくわせましたね。最後はスタープラチナでダイヤモンド並みというハイプリエステスの歯を砕いて勝利しました。

紅海を渡ってエジプトへ来るだけでも、かなり長い旅となったようです。


「パンツーまる見え」という花京院とポルナレフの掛け合いやスキューバダイビングの場面がありましたね。

スキューバダイビングとはスクーバ器材を使用して行う潜水のことですね。日本にはアメリカのアクアラング社が紹介し、一時期は社名がそのまま呼称として有名だったそうです。

コミックス内にも荒木先生による器材の解説がありましたが、それとは別に少し見てみることにします。

・タンク
呼吸用のガスを圧縮して携行するための容器である。日本語ではボンベと呼ばれることも多い。
・BC
スクーバダイビングに使用する浮力調整装置で、Buoyancy(浮力) Compensator(補償装置)のアクロニムである。BCD(Buoyancy Control Device、ボイヤンシー・コントロール・デバイス)とも呼ぶ。本体となる空気袋と、身体に装着するためのハーネス、空気タンクから空気を送り込むための吸気弁、内部の空気を排出するための排気弁からなり、さらに通常は空気タンクを固定するためのハーネスと一体となっている。
・レギュレータ
近年あまり使われないダブルホースタンクに充填された高圧の呼吸ガスを呼吸に適した圧力まで減圧する装置である。通常1stステージ、2ndステージの2部分からなる。
・マスク
フルフェイスマスク水の屈折率は空気のそれとは大きく異なるため、角膜が水に接している場合正常に物を見ることができない。この問題を解決するために、周囲の水と角膜の間に空気の層を設けるための器具がマスクである。
・ウエイト
人間の比重は個人差もあるが淡水と同程度であり、海水などの塩水中では浮かんでしまう。また、ウエットスーツなどの器材は浮力を有するため、これらを身に付けて潜水することは困難である。したがって、スクーバダイビングでは主として鉛製の錘を身に付けることが必要になる。

Red Sea

審判(ジャッジメント):紅海

アブダビから砂漠をラクダで横断し着いた先から、セスナ機で移動したジョジョたち。墜落しつつも、一行は紅海に着きます。ジョジョ本編では以下のように書かれています。
ダイバーたちは口をそろえてこういう。「世界で最も澄みきった美しい海」。東と西の沿岸はともに赤い砂漠なのでRED SEAと呼ばれるようになった。海を汚す都市らしい都市はなく、またそそぎ込む河もない。けがれなき海なのだ。ジョースターたち4人は、この限りなき青き紅海を渡ってエジプトへ入ろうとしている。
エジプトへ向かっていますが、その前に小さな島でアヴドゥルと再開します。この島でポルナレフは審判(ジャッジメント)のスタンドを持つ敵と戦うことになります。ジャッジメントは人の願いを土に投影する能力。ポルナレフが望んだことにより、妹やアヴドゥルをかたどった土と戦います。最後はアヴドゥルとともに倒しましたね。


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紅海はアフリカ東北部とアラビア半島とに挟まれた湾で、エリュトゥラー海とも言うらしいです。北部にはシナイ半島があり、チラン海峡を通じてアカバ湾と繋がっています。また北西部にはスエズ湾があり、スエズ湾はスエズ運河を経て地中海と繋がり、南部はバブ・エル・マンデブ海峡を経てアデン湾と繋っています。

紅海は地球の裂け目、地溝帯に海水が溜まった場所だそうです。地溝帯とは細長く幅のある谷状の地形のことで、侵食によってできた谷とは違って断層の活動によってできるとのことです。

紅海

紅海に面している国々。
・ジブチ
・エリトリア
・スーダン
・エジプト
・イスラエル
・ヨルダン
・サウジアラビア
・イエメン

太陽:アブダビ

承太郎らはラバーズを倒した後、イランやイラクへは政情不安のため避けるルートをとり、カラチから無事船でペルシャ湾を渡りアラブ首長国連邦のアブダビへ行きました。

ジョセフの解説によれば、
東京なら30億40億はしそうな家ばかりだ。これがこの国の普通の人々のくらしぶり……。砂漠だったのが石油ショックによる莫大な利益のせいで夢のような都市に成長したのだ。
ジョセフの計画は砂漠をラクダで横断してヤプリーンの村へ行き、セスナ機を買うというもの。そしてラクダで砂漠を移動中に太陽のスタンドに遭遇します。少し苦しめられることになりましたが、トリックに気づいてしまえば間抜けなスタンド。あっさり倒してヤプリーンへと向かいます。


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アブダビは、アラビア半島のペルシア湾岸に位置するアラブ首長国連邦の連邦首都。アブダビ首長国はアラブ首長国連邦を構成する首長国の中でも最大の面積、人口、収入をもつそうです。豊富な石油資源によって連邦の政治、経済を支える事実上のリーダー国です。

アブダビ・UAE
アブダビ

2009年より、自動車レースのF1世界選手権がヤス島開催されることが決定。
2007年にはF1開催に向けたイベント・F1フェスティバルが開催されました。

アブダビ・砂漠
アブダビの砂漠

恋人(ラバーズ):カラチ

スタンド・恋人(ラバーズ)といえば、ジョジョの奇妙な冒険第3部にて、ジョセフの脳内に入った鋼入りのダンが言う史上最弱のスタンドでした。その戦闘があった場所はカラチという町でしたね。

エンヤ婆がやられた後、ジョセフを人質にとられた承太郎は手も足も出せずにやられたい放題でした。一方ジョセフはテレビを探して街中を走り回り、花京院とポルナレフはスタンドを小さくしてジョセフの脳内へ送り込み、ラバーズと戦闘となりましたね。当然のごとく、最後は承太郎がオラオラで借りを返して終了です。


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カラチはアラビア海沿岸にあるパキスタン最大の都市で、シンド州の州都です。人口はジョジョには「人口600万の首都」とありましたが、ウィキペディアには約1400万人とありました。「人口600万の首都」とあるように、1959年にラーワルピンディーに遷都するまではパキスタンの首都でしたが、現在の首都はイスラマバードです。カラチはパキスタンの商業・金融の中心地でもあるようです。

穏やかな気候ですが、砂漠気候なので年中降水量は少ない。しかし海に近いので湿度は高めであるそうです。夏季にモンスーンの影響を受け、少しは雨が降るだけですが、排水設備が整備されていないために道路等が冠水するようです。主要道路を除いて水が処理されないので、細菌が繁殖して伝染病などの危険性が懸念されています。



ジョジョたちがカラチに着いた時、始めにジョセフが発見したのがドネル・ケバブでした。作中の解説を引用してみます。
【中東方面のハンバーガー】 肉のかたまりを棒にさし回転させながら表面を焼いている。焼きたてをナイフでけずってパンにのせてたべる。
ドネルケバブは垂直の串にスライスした肉を上から刺していって積層し、水平に回転させながらそれを囲んだ電熱器の熱で外側から焼き、焼けた部分から順次肉を削ぎ落としたもので、ギリシア料理のジャイロ、アラブ料理のシャワールマ(イラクではグス)とほぼ同じ料理です。

パンに野菜サラダと一緒に挟む食べ方が欧米や日本では広まっていますが、本場では食べ方の一つでしかないということです。

カラチの店

正義(ジャスティス):パキスタン

スタンド「運命の車輪」を倒したジョジョたちは、国境を越えてパキスタンへ入国しました。それがジョジョの奇妙な冒険第3部「正義(ジャスティス)その1」です。「正義」との戦いの場はパキスタンでした。 作中にある荒木先生の解説を見てみましょう。
パキスタンは1947年にインドから分離独立した新しい国家である…。しかし、日本人が原始の生活をしていたころ、ここにはすでに文明があった。インダス文明、モヘンジョ・ダロ、そして中国とヨーロッパを結ぶシルクロードの中心点ガンダーラインド大陸5000年の歴史を今に受け継ぐのが、ここパキスタンなのである。
このストーリーは割と長く、「正義 その6」までありました。両手が右手の男、J・ガイルの母であり、スタンドに詳しいエンヤ婆のスタンド「正義」は霧のスタンド。スケールの大きなスタンドで強敵でしたね。スタープラチナじゃなければ、厳しかったことでしょう。


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パキスタンは、正式にはパキスタン・イスラム共和国といいます。東はインド、北東は中華人民共和国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し南はインド洋に面しています。人口は世界第4位で、その国民の80%以上が国土の中心部を流れるインダス川の流域に住んでいます。

【パキスタンの歴史】
1947年 イギリス領インドから独立しイギリス国王を元首に頂く君主国となる
1948年 第1次印パ戦争
1956年 共和制移行
1965年 第2次印パ戦争
1971年 第3次印パ戦争、東パキスタンがバングラデシュとして分離独立


パキスタン・イスラム共和国のフンザ


パキスタンの国内政治について、少し見てみましょう。パキスタンは連邦共和制です。インドとの対立関係もあり、軍部の力が強いそうです。クーデターが繰り返されるなど、治安的にも不安定であるようですね。

また地方では部族制社会の伝統が根強くあり、その慣習法が国法を上回る状態となっていて、中央政府による統制がほとんど効かない状態になっています。

2007年11月には、軍参謀長でもあるムシャラフ大統領が地位を巡って最高裁と対立し、軍を動員して全土に非常事態宣言と戒厳令を発令しました。これは事実上のクーデターです。その後、ムシャラフは陸軍参謀総長を辞職した後、文民として大統領に就任。12月非常事態宣言を解除するとテレビを通じて発表しました。

また2008年1月には、現憲法下で「自由で透明性のある方法」で総選挙を実施すると公約しました。

ラムとインゲンのカレー・豆カレー インド、パキスタン料理

運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン):デリー

女帝(エンプレス)を倒して、聖地ベナレスを後にしたジョジョたちは、ベリーを経由してインドからパキスタンへ向かいます。国境を目指して自動車で移動中にスタンド使いに襲われます。それがジョジョの奇妙な冒険第3部「運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)その1」から「その4」までです。

始めはスタンド使いかどうか分からなかった相手ですが、ストレングスの時のように乗り物がスタンドというタイプでした。最後は条太郎のスタープラチナが倒しましたが、その相手はモリモリなのは腕だけであとは貧弱というヘンテコなやつでしたね。そしてまた移動し、国境を越えていったのです。


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デリーはインド北部の大都市圏で、商業・工業・政治の中心地の1つです。デリー首都圏を構成し、ニューデリーとオールドデリーに分けられます。ニューデリー行政区というところがあり、そこに連邦の首都機能があります。昔はオールドデリーだけの町でしたが、イギリス統治下の新しい首府としてニューデリーが建設されました。それから、イギリスの設計と建設による新都市部分をニューデリーと呼び、古くからある町をオールドデリーと呼んでいます。

ちなみに2002年以降に発行された「世界の国一覧表」では、インドの首都が「ニューデリー」から「デリー」に修正され、日本の教育現場ではインドの首都は「デリー」と指導されるようになっているそうです。

Jama Masjid, ニューデリー 。

ニューデリーは南部にありヤムナー川に面する街。1911年にイギリスの手で建設が始まった都市で、これにより、首都機能はここに移った。議事堂、官庁などが集まっているインドの政治・経済・文化の中心。

デリーの歴史としては、1206年にデリー・スルタン朝の首都となって以来、歴代王朝の首都として発展。1803年にマラーター戦争の結果イギリスに占領されました。

フマーユーン廟、クトゥブ・ミナール、赤い城という世界遺産があり、観光スポットともなります。

オールドデリー。昔からある街。歴史的建造物が多い。